くりこの教室(プロローグ)   プロローグ  1時間目  5時間目  放課後

「ええっ、私が……ですか!?」
このお話をいただいた時、まず思ったのは「なぜ私が」という疑問でした。
皆さんそれぞれに役回りがあることですし、別に優劣を付けたりするつもりはないんですけど……。
でも、私が、モブ……ですか?
そんなふうに思われていたなんて……ショックじゃないと言えば嘘になります。
私って、一応、これでもヒロイン候補だったこともあるんですよね……?
ただ、薄々感じてもいたんです。
この頃……ううん、もう随分長い間、私の存在感って微妙になってきたんじゃないかしらって。
お仕事の方もそうです。
相変わらずドジばっかりで生徒にも怒られちゃったりしますし、それで自己嫌悪に陥ることもしょっちゅうですし……。
このまま養護教諭のお仕事を続けていけるのかなって、正直自信を失いかけていましたから……。
なんて言うんでしょう。自分の存在意義……存在価値、とでも言えばいいんでしょうか。
私って何のためにいるのかな。
別に私なんて、いてもいなくても変わらないんじゃないかしら。
ここ最近、そんなネガティブな考えが頭をよぎることも増えてきたんです。

「なるほど、これは根が深そうですね」
「わひゃ!?」
あわわ。ビックリした弾みで、うっかり手元のコーヒーカップを倒すところでした。
ちょうど私から見て死角のような位置から声を掛けてきたこの子は、確か……。
「あ、あなたは……確か、第1回人気投票で2位だった丸井……ふた……ひ……」
「ひとはです。覚えにくいなら三女でいいです」
そうそう、三女さん。みんながそう呼んでいるから、私もその方がしっくり来ます。
「それより、栗山先生。何やらお悩みの様子」
「えっ、どうして分かったの?」
「さっき自分で言ってました」
「そ、そう……」
恥ずかしい。誰もいないと思って、思いっきり独り言を言ってたみたい。
「もしよければ、私がアドバイスして差し上げましょうか?」
「本当ですか!?」
今の私は藁をも掴む思い。人気者の三女さんのアドバイスならきっと参考になるはずです。
「あっ、でもどうせ教わるなら1位の人の方が……」
ギヌロ。
「ひっ」
「栗山先生。一応確認しておきますが……栗山先生の順位は、何位でしたっけ?」
「……じゅ、18位です」
「私が言いたいこと、分かりますよね?」
「はいぃ」
さ、三女さんには逆らっちゃいけない。
「話を戻しましょう。先生はこの頃、自分の存在価値が分からなくなってる。そうでしたね?」
「はい」
「出番はほとんど無いし、あってもチョイ役だし、ぶっちゃけもはや忘れられかけてると」
「そ、そこまでは言ってないけど……」
完全には否定できないのが辛いところです……。
「これはひとえに、先生のキャラが弱くて周りに埋もれてしまっていることに起因すると思うのです」
「キャラ……ですか」
「キャラ、すなわち特徴です。先生の特徴を挙げると……まずはド近眼の眼鏡っ子だということでしょうか」
「で、ですね」
一度コンタクトに変えようとしたこともあるけど、確かに眼鏡は私の一部と言っても過言じゃありません。
「しかし先生は典型的な人気の出ない眼鏡っ子のパターン……。そもそも眼鏡は本来ハンデだということを認識すべきです」
「うぅ……」
三女さんの言葉がグサッて心に刺さる音が聞こえてきそう。
「次にドジッ子。これは保健の先生という職業とのギャップもあって、面白いと思います」
「え、ええ……」
ギャップはともかく、自分としてはいたって真面目に頑張ってるつもりなんですけどね……。
「ただ、いい大人がするキャラではないかもしれません。それに一歩間違えれば、ただのウザさにも変わってしまう諸刃の剣……先生はどうでしょうか?」
「………」
改めて突きつけられると、どう思われているか不安になってきました。
それに三女さんの言う通り、本当なら養護教諭としても大人としても、もうちょっとしっかりしなきゃいけないんですし……。
「となると、残るのは……おっぱい」
「おっぱい…///
「これはまぁ、自信を持ってもいいでしょう」
そこは、うん。私もそれなりの自負があるんです。
「そこで校内でアンケートを採ってみました。みつどもえの巨乳キャラと言えば?」
「ごくり」
「杉ママ73票、吉岡さん28票、ふたば25票、千葉ママ16票、ガチピンク9票……」(※テキトーだよ)
いつの間にか取り出した手元の紙を見ながら、票数を読み上げていく三女さん。
いつアンケートなんて採ったのかしら?
「そして、栗山先生は2票」
「そ、そうなんだ。……あ、でも一応2票入ってるのね」
「その2票は矢部先生と校長先生です」
「あ、そう……」
「唯一キープできそうだったおっぱい担当のポジションも、もはや風前の灯火といった印象ですね」
「あぅぅ……」
打開策を見つけるはずが、ますます自信がなくなってきちゃった……。
「私の診断では、栗山先生が今の境遇から巻き返して、新たな立ち位置を確立するには……」
コホンとひとつせき払いする三女さん。その診断結果は私にとって想像以上に厳しいものでした。
「既に手遅れ。はっきり言って、今から挽回するのは到底不可能です」
「そんなぁ……」
「だからこそ思い切った手が必要なのです……!!」
びしいっ。私に向けて指を突きつける三女さん。も、もしかして何か秘策でも!?
「こうなったら最初からやり直すしかありません」
「最初から? ど、どういうことですか……?」
「文字通り、ですよ。さあ栗山先生、覚悟はいいですか……?」
「!?」


――2005年 埼玉県某所

(うーん、三つ子の姉妹が周囲を振り回すギャグ漫画って方向は決まったんだけど)
(振り回される側の主人公をどうしよっか……)
(新任の担任教師か、転校生の女の子にしようと思うんだけど……どっちにするか迷うなぁ)
(前作のてる坊みたいなポジションの方がやりやすそうな気もするし……)
(よーし、決めたっ。名前は……)

「く、栗山愛子です。くりこって呼んでください。よろしくお願いしますっ……!!」


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